「まねぶ美術史」

森村泰昌さんのこの本は、私の大好きな本だ。
7月半ばに始まった高松市美術館での展示「モリエンナーレ/まねぶ美術史」展にあわせて制作したものだが、通常の展覧会カタログとは少し違う成り立ち。
森村さんには本にしたいという気持ちが強くあり、展示に先立つ書き下ろしのような形で生まれた。

表紙の黄色いステッカー(きれいに剥がせます)にはこうある。
16歳から2010年の最新作まで、モリムラの秘蔵作品60点と、当時モリムラが影響を受けた美術史上の作品をペアで見せて、「まねぶ力」を魅せる。新しい美術史を提唱する書」

本当にこれは画期的な本だ。見開きのページに、たとえばモリムラ作品とカンディンスキー、モリムラ作品と岡本太郎、というように対照されて、その一対を眺めているだけで面白い。「まねぶ」とはこんなに新鮮で切実でおもしろいことなのだ。
そこに添えられている短文の切れがまたすばらしい。

「これもまた落選した作品だ!!」

「表現とは形のないものに形を与える仕事であるはずなのに
 まだ生まれていない形のほうにこだわってしまう
 人間をさかのぼっていくと、人間ではなくなっていくのとおなじように
 表現もまた源をたどれば表現ではなくなっていく」

「LOVEとVOL  似ているのか、いないのかわからない」

そして私が見るたびに感動する最終章「私美術史/アッちゃんの電気服」。
田中敦子と金山明との思い出、「私」美術史が紐解かれていて、そう美術史とは実はこんなふうにつながり、響き合い、紡がれるものではないのかと感じる。田中敦子の名作「電気服」を着る森村さんの新作「光と熱を描く人/田中敦子と金山明のために」には圧倒されるエネルギーと美しさがある。
そのページの短文にはこうある。

「田中敦子作『電気服』には 通常の丸い電球と 管球とよばれる長細い特殊 な電球が使われている

 大量の電球に大量の電流が流れる
 切り替えスイッチの大きな音がする
 そして大量の熱を放つ

 熱があるのは 生きているからである
 死なないで、電気服」

この本は見事に戦後の現代美術の流れと体温を伝えてくれるものでもあるのだ。


森村さんと本をつくるのは2回目だった。青幻舎のときの「卓上のバルコネグロ」、そして今回。どちらも森村泰昌の源が、同時に今である、という本だろうか。言葉が重要である点も共通する。
森村さんと本をつくるのは、緊張するが心から楽しい。森村さんがこの本に注いでいるものが生き生きと伝わってきて張り切ってしまう。再びお声をかけてくれたことが有り難く嬉しかった。

展覧会は来春以降、岩手県立美術館、高岡市美術館、北九州市立美術館分館ほかで巡回予定。ぜひお出かけください。