「いのちの乳房」書評〜三省堂書店公式ブログより

『いのちの乳房』
乳がんによる「乳房再建手術」にのぞんだ19人
写真: 荒木経惟 企画: STPプロジェクト
出版社: 出版社: 赤々舎
参考税込価格: 2,625円
ISBN-10: 4903545636
ISBN-13: 978-4903545639
4903545639.jpg美しいものを見て、自然と涙がこぼれるようなことが、ひとにはある。「うつくしい」は「愛しい」とも書くから、そこにはたぶん、かなしみやいとしさが含まれていて、だから胸を締めつけるように、あるいは固く閉ざされた心がほどけるように、なにか抑えられない気持ちが流れ出るのかもしれない。『いのちの乳房』は、そうしたうつくしい写真集である。

この写真集のなかに登場する19人の女性はすべて、乳がんを告知され、手術によって損なわれた乳房の形を取り戻すために、「乳房再建手術」にのぞんだ人たちだ。日本では女性の16人に1人が乳がんを発症し、年間で約5万人が告知を受けているというが、この病気がどのような苦しみをもたらすものなのか、十分に知られているとは言いがたい。乳がんは生命を脅かすだけでなく、その人が女性として生きていく自信や勇気を奪い取っていく。

失った胸を見ては毎晩シャワーの下で大声で泣く人、相談相手の胸に触って「胸がほしい」と号泣する人、「きれいな胸が揃った状態でお棺に入りたい」と話す人――。本書に掲載されている彼女たちの言葉には、乳房を切除することによってもたらされる喪失感の大きさがにじんでおり、それは命の重さにも匹敵するほどのものであることを、教えられる。乳房は女性にとって想像以上にその存在を支えるものであり、だからこそ「乳房再建手術」を経験したモデルたちは、この体と一緒に生きていくために、そして同じ境遇にある女性たちを励ますために、カメラの前にはだかで立って笑顔を見せるのだ。ひとつの決意表明として。

いま目の前で輝く、自信に満ちあふれた力強くやさしい笑顔を見ながら、私はキャンバスいっぱいに花を描いたアメリカ人女性画家、ジョージア・オキーフ(1887-1986)のことを思いだす。「誰も実際には花を見ていない。花は小さく、見るということには時間がかかるから」。彼女はこう言って、もっともありふれた花がそなえるうつくしさを、私たちに示したのだった。それと同じように、荒木経惟氏によって撮影されたこれらの写真は、乳がんがその人にとって何であったかを、大きく写し出してみせる。よく見ようとしなければあらわれないその傷を、新しい生を歩みはじめたその表情を。ありふれたもののうつくしさに気づかない私たちに。

ひとと向き合っているときでさえ携帯電話やパソコンのモニターを見つめる時代に、よく知りもしない人間の写真をじっくりと眺めることは難しいだろうか。でも、少しだけ立ち止まって、そこにいるひとりの女性のすがたに、触れてみればいい。写真は見るものと見られるもののあいだに関係をつくりだす。そうしたら、うつくしいものが見えてくる。

巻末には「乳房再建手術」の基礎知識や、手術をおこなっている医療機関と担当医が紹介されており、役に立つ。

2010年12月23日 10:00