朝日新聞「おやじのせなか」に浅田政志登場。

4月2日(日)、朝日新聞朝刊の読書面「おやじのせなか」コーナーに、浅田政志の記事が掲載されました。

コーナーのタイトル通り、お父様についてのインタビュー記事です。

どうして、写真集「浅田家」や「NEW LIFE」が生まれてきたのか
どうして、家族をテーマに写真を撮っているのか

こうしたものが見えてくるかと思います。

そして、この記事を読んだ後に、
改めて写真集「浅田家」や「NEW LIFE」を手に取ってみると違う光景が現れるかもしれません。

以下記事となります。

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おやじは定職がなかった。コックとか造船所の作業員とかトラック運転手とか10回は転職した。だからなのか、第34回木村伊兵衛写真賞をいただいた僕の写真集「浅田家」(赤々舎)の撮影では、極道でもバーテンでも何の役に扮してもはまった。家族の中で一番の人気者です。

でも、元々は浅田家ではなかった。生まれて少しして、子供がいなかった浅田家の養子になった。あまり良い思い出ではないらしく、高校を中退し、かばん一つで逃げるように浅田家を出たと聞いています。

そういう生い立ちからか、温かい家族を築きたいという思いが強い。生まれて間もない僕と、3歳上の兄の写真を年賀状に載せたり、家族そろってご飯をたべたりしていたのは、おやじの意思。今も津市の実家に帰ると朝7時に起こされ、家族で朝ご飯です。みんなで食卓を囲むのは、すごく大事ですね。ほかの家族を撮影する時も、一緒に食事をした後は、その家族との距離がぐっと近くなります。

おやじは撮られるのが得意じゃない。ノリはいいのに自然に笑えないというか。料理とか映画とか日曜大工とか趣味が多く、仕事をしていた時は、土日がつぶれるのをいやがった。「もう嫌だ」とよく言います。短気で集中力がないのかな。被写体としては140点の時もあるし、0点の時もある。ただ、おやじが楽しんでいる時はダントツで良い写真になりますね。

おやじは酒が大好きだけれど、僕は飲めない。酒を酌み交わす代わりに、撮影を通しておやじを理解してきたようです。子供のやることに、ああだこうだは言わない。僕が専門学校を出てパチンコばかりやっていても怒られたことがない。逆におやじもパチンコにははまっちゃって。周りの人と違っていても「おかしい」とは言わず、自由に物事を考えさせてくれた。理想の育て方だと思います。

おやじは73歳になりました。老後とか介護って暗いイメージがありますが、その価値観を家族の写真を通して楽しいものに変えたい。それが今後の浅田家の課題ですね。

(聞き手・中島嘉克)

浅田政志「おやじのせなか」.JPG