石川竜一『絶景のポリフォニー』

5月29日、京都事務所で写真をセレクトした。
これまで何度もスカイプでやってきたことを、プリントを共に目の前にして、全点から選ぶ。写真を選ぶのは、まだ揺らげるとわかっていても、重さと痛みを伴う。私が、アントワーヌ・ダガタの映像「AKA ANA」の感想を入口に、会話を重ねようとしたのは、半分はその重さのせいかもしれなかった。二時間余り、「考えつづけることだけが必要」と彼は言いながら、「でも、いま姫野さんと僕がこうしてぐるぐる考えていることも、写真でそれを崩せますよ」と。

写真を選び始める。一気に、迷いを引きずりながらセレクトした後、「全部のなかから10点選びませんか。そうするとより筋がみえそう」となり、300点ぐらいから10点を選ぼうと、「これ」「これ」と繰りながら共に声を出し合ったものの、結局30点ぐらいになってしまった。大事な怖さ。
これとこれがあるのはどうなの? どちらか。 なぜこれが残るのか? 何を見ている?
どうやら20点になったものの、ただそれより先の減数が困難。

「3点、3点だけ、この中からそれぞれが選ぼう」と、(いま、それをやるか?詰めるか?)という運びになり、黙って卓上の写真を見る時間が過ぎる。選んだ。決めたとき、腑に落ちるものがあった。

そして先に、石川竜一が選んだものを挙げていき、2枚目、3枚目で、私は大きく動揺した。完全に一致していたから。
一致してよかった、ではなく、なぜ一致するのかというショック。
感覚も写真の見方も自ずと違うはずの私たちが共に選び出せるとしたら、その写真はどういうもので、どういう存在なのだろうか。傍らにある、写真という穴。

いま130点を選び出している。
私は、それと向き合い、並べながら、私自身を崩せるだろうか。