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2010年10月13日付 京都新聞文化面に
「ルワンダ ジェノサイドから生まれて」を大きく取り上げていただきました。

写真集「いのちの乳房」の初校を、撮影の荒木経惟さんにお見せするために、新宿のルージュに行く。
どう見ても、テスト校の2回目より出来がよくない。光をまとったような神々しい存在感が出ていなくて悩ましいが、それは必ず果たせるものだ。明確に自分の中にある限り、それを現場の人と共有できると信じている。
ともあれ、これをお見せするのは、、、と躊躇うものがあったが、荒木さんはこの写真集の意義や写真のことやデザインのことを語りつづけられた。
「女のお手本なんだよ」
「時間が写ってるんだよね。それでこの3枚なんだ」
「アートじゃなくて写真なんだよ」
「写真じゃなくて、このひとを感じるだろ」

本当に得難い時間。この写真集が赤々舎に来てくれたことは偶然だけれども、とても光栄なことに感じている。この本の企画者であり、モデルのひとりでもあるひとは、この赤々舎の事務所に初めて来られたとき、
「私の胸を見てもらえますか?」と言った。私の眼の前に、裸の胸があった。

荒木さんは印刷のことをひとこともおっしゃらなかったけれど、それは私たちの仕事なのだ。


どんなときであれ、行くときは、ひとりで行く。
読売新聞 22.10.14 文化面で アルル国際写真フェスティバルで写真集の賞を受賞した
金子隆一、アイヴァン・ヴァルタニアン共著「日本写真集史1956-1986」が紹介されました。


日本の写真集文化 高い評価

日本の写真家はプリントよりも、写真集を重視する傾向が強いとされる。

ー中略ー

写真家の発表手段は、プリントの展示や販売、雑誌掲載、写真集のように幅広い。東京写真美術館専門調査員で、自身、雑誌類を含めれば約2万冊をコレクションする金子さんによると、日本では戦後、プリントよりも写真集を重視する考え方が強まった。
それが90年代に入って、荒木経惟、森山大道さんらが国際的に評価され、彼らの旧作に光が当たる中で、編集者やデザイナー、印刷会社も情熱を注ぎ、高いレベルの写真集が作り続けられてきたことに海外のコレクターらが気づくようになったという。その良質な成果を選んだ『日本写真集史』は長年、企画を温めてきた1冊。

ー中略ー

こうした写真集文化は恵まれた出版環境から生まれたわけではない。今日でも写真家とその仕事を理解する小出版社、専門的な技術を持つ印刷会社などに支えられているのが現実と言ってよいが、その密度の高い共同作業こそが、国際的な評価に値する写真集の質を維持してきたことも改めて注目されるべきだろう。




写真集「高良健吾 海 鈴木心」(仮題)を、来年1月発売予定で制作中です。

yahooニュースから
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101020-00000002-sph-ent

高良健吾オフィシャルホームページ
http://www.kengo-fc.com/

鈴木心ホームページ
http://suzukishin.jp/
「ルワンダ ジェノサイドか生まれて」がいろんなところで取り上げられています。 
嬉しいかぎりです。

 ひとつは産経新聞 2010.10.18日の文化面で取り上げていただきました。
【ジャーナリズムの意味問う】と題された読みごたえのある記事です。
是非ご一読を!

http://sankei.jp.msn.com/culture/arts/101018/art1010180747000-n1.htm


もうひとつは大阪と福岡にあるカフェ、cafe&books bibliothequeと、本と雑貨のお店bookmark bibliothequeの
スタッフブログで取り上げていただきました。

16年前ぼくは元気な小学生でした。というタイトルのブログです。
書店員さんがこういう風に読んでくれていると思うと、もっとたくさんの人にこの本を手に取ってもらわねば、と思います。

http://biblio-blog.jugem.jp/?eid=81


鈴木
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